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2017年3月9日木曜日

『勝てる野球の統計学――セイバーメトリクス』 鳥越規央(著) 岩波科学ライブラリー

日本におけるセイバーメトリクスの第1人者、鳥越規央さんとデータスタジアムのアナリストによる入門書。
 野球における通説にセイバーメトリクスの手法で切り込んでいく。
「無死満塁は得点しにくい」ということはよく言われるし、僕自身も「意外と点が入らないだよなあ」なんて球場でつぶやいたりもする。しかし、実際は、「あるアウトカウント、塁状況から攻撃した場合にイニング終了までに入る得点」得点期待値は2.2(2004~2013NPB対象)と24種類の状況の中で最高の値なのだ。逆に意外と点が入っているのだ。2番目は無死二、三塁の1.974、3番目は1死満塁の1.541。
 この得点期待値、1死二塁では0.687、無死一塁では無死一塁では0.821。無死出た走者をバントで送るのは数字的にはむしろ得点が入りにくい状況を作ってしまっていることになるわけだ。
 得点期待値を使った打順の考察も面白い。1番打者は0.518、2番打者は0.548、3番打者は0.523。 「1番から始まる好打順」というのも通説だが、データ的には「2番から始まる好打順」なのだ。広島カープの黄金期に衣笠 祥雄が2番を打ったり、アレックス・ロドリゲスもマリナーズ時代は2番を打つこともあったしメジャーではつなぎのイメージは薄いのだ。2000年夏の強打で甲子園を席巻した智弁学園和歌山の堤野君も強打が印象的な2番バッターだったなあ。
 「打率」「本塁打」「打点」は必ずしも打者の「得点能力」を表したものではない?
セイバーメトリクスでは「打率」よりも得点との相関が強い出塁率、長打率を重視する。この出塁率と長打率を合計したものがOPS。これにさらに「走塁能力」「ランナーを進塁させる能力」を加味したものが、RC(Runs Created)、XR(Extrapolated Runs)。この当たりになると数式が複雑過ぎて僕のおつむではついていけない。三冠王となった王貞治さんの73年、74年はRC27が12.63、14.52と歴代3位と1位なのに対し、1984年三冠王のブーマーは9.13、1965年三冠王の野村克也さんは8.53と意外に低い数字。四球の少なさや併殺打の多さがこういう数値になると推測されている。同じ三冠王でも打つ以外の部分を数字に反映するとこんなにも違うのだ。
 「防御率」は失点回避能力を示す指標で投手を評価するものだが、自責点には味方の守備力、ポテンヒットのような運によるものもある。セイバーメトリクスではより精度の高い評価をするために日本でもすっかりおなじみになったクオリティースタート。「先発で6回以上投げ、自責点3点以内に抑える」。全先発試合におけるこの比率がQS率。2013年に24勝0敗の驚異的な記録を残した楽天の田中将大は100%。27試合の先発登板すべてでがQS。WHIPは「1イニングあたりに許す出塁数」。FIPは先発もリリーフも含めた能力を評価する指標で「奪三振」「与四球」「被本塁打」から計算する。「被本塁打」には球場の広さも絡むので、外野フライと「被本塁打」を絡めて計算するのがxFIP。ここまで来ると計算式も発想も難しすぎて何が言いたいのか分からなくなってくる。球場の広さという話が出たが、これにもPFという本塁打が出やすいかどうかを示す指標がある。NPBが使用する主な球場でもっとも本塁打が出やすいのは2013年時点では神宮球場(1.631)、もっとも出にくいのはナゴヤドーム(0.529)。
 背負ったランナーを生還させない力を示すのがIR。2013年の巨人の山口は0。登板時に背負ったランナーを一人もホームに返さなかったのだ。広島カープで中継で活躍した清川栄治はたまたまこの数字を雑誌で知り、年俸交渉に使ったのだとか。セイバーメトリクスなんてあまり知られてなかった時期だから球団の担当も面食らっただろうなあ。
 守備の上手さ、貢献度を「守備率」では語れないのは多くの人が認識していることだと思う。例えが古くなってしまうが、阪神の遠井吾郎一塁手が巨人の王貞治一塁手を守備率で上回っていても(実際にそういうシーズンがあったらしい)、遠井さんの方が王さんより守備がうまいとは思わないだろう。打球を処理したことよりも、打球を処理できなかった守備範囲の狭さを意識するからだろう。「守備範囲」+「失策しない能力」+「併殺奪取能力」+「肩力」で計算されるのがUZR。UZRの数字では2013年シーズン19の失策で守備率.936の広島の堂林翔太が名手と言われる宮本慎也(失策数3、守備率.977)よりも勝っているのだ。宮本が-0.3なのに対し、堂林は3.8。この差は宮本の「守備範囲」の狭さによるもの。「ミスをしない能力」だけでなく「より広い範囲をカバーする能力」を反映するのいいことだと思うが、エラーが周りに与える心理的ダメージは数値化出来ないからなあ。UZRは算出が複雑なので、と著者が一般ファンに紹介している守備の指標がRF。これは(刺殺+補殺)÷守備イニング×9。これは1試合におけるアウト寄与率を表した数字。2012年シーズンでは堂林が2.62、宮本が2.63と僅差。阪神の新井貴浩が2.00と言われると説得力があるような気がする。
 シーズンを通して最も活躍した選手に贈られるMVP。記者投票によるポイントによって選出される。ベテラン記者たちの眼力に委ねれている部分が大きい。セイバーメトリクス的に最も活躍した、もっともチームに貢献した選手を判断する指標がWAR。「控えレベルの選手に比べて、1年間で何勝分貢献したのか」を意味するこの数値は投手と野手の貢献度を同じ土俵で比べることが出来る。2013年シーズン、ヤクルトのバレンティンは8.3。この年、60本塁打のNPB記録をしたバレンティンはその打撃で守備面のマイナスを大きくカバーし8勝ひとりで稼いだのだ。ヤクルトは優勝していないが、当然のようにセ・リーグのMVPに選出されている。パ・リーグのMVPは24勝0敗の楽天の田中将大。当然、WARの指標でもトップか思いきや7.1で2位。田中を抑えてトップだったのが、WAR7.5の浅村栄斗。どれだけ得点を増やしたかを測る指標であるwRAAがリーグトップで全試合に出場した浅村がMVPに満票で選出された田中よりもWARの数字上はチームに貢献していることになる。こういった現象を見るとMVPは主観による投票が現在のところベターな選出方法だと思う。
 セイバーメトリクスはまだまだ発展途上。これからも研究がすすみ、いろいろな指標が出てくるだろう。これまでの指標は必ずしも専門家が考え出したものではなく、野球ファンによって考案されたものが少なからずあるらしい。書き溜めているスコアブックやあまり熱心に読まない記録集などもじっくり眺めてみようかなあ。