3巻で600ページ以上の長編。そのうち面白くなるだろうと思い我慢して読み続けたが、ついにそのときは訪れなかった。
大代台高野球部に青居礼文という速球投手が入部するところから物語は始まる。ゴキゲンこと郷木弦三監督のユニークな指導、のびのびとした中にも自覚の芽生えたる部員たち。万年1回戦負けの「ダイダイダイ」はめきめき力をつけ、礼文が高3の夏には甲子園初出場。
最後まで乗れなかったには見え透いたありがちな筋書きだけが原因ではない。児童文学のカテゴリーに入る作品であるためか、表現、キャラクターの作り方が「おこちゃま」なのだ。
スタメンの表記があだ名。しかもオケラとかガッツだのカンだのと。郷木弦三だからゴキゲン。いつも不機嫌そうな女性部長はゴキゲンとセットだからフキゲン。こういう安直でリアリティのないネーミングに萎える。
著者はどの程度、野球の知識があるか分からないが、技術的な描写には首をかしげるようなものも多かった。子供向けだからわかりやすくしましたという範疇を超えている。
甘ったるい砂糖菓子を無理矢理口に突っ込まれたれたような読後感。
のべ約6時間を費やした俺の読書時間を返してくれ。
2020年6月18日木曜日
2019年8月2日金曜日
マウンドの神様 (実業之日本社文庫)

野球についての小説6編、エッセイ2編。 『バッテリー』のあさのあつこは強豪私立と都立に分かれた小学校時代のバッテリーが甲子園をかけた決勝で再会。人物の掘り下げ方があさのあつこらしい。
『白球アフロ』の朝倉宏景の「絶対的最後」。やっぱりこの人の野球描写にうまさには舌を巻く。
桐蔭学園野球部OBの早見和真は自らの体験を生かした「あの日、監督ががうなずいていれば、僕は――」。「ひゃくはち」もそうだが、この人の野球部ものはリアルだ。
『謎解きはディナーのあとで』の東川 篤哉は当然ミステリーの「カープレッドより真っ赤な嘘」。ネタバレになってしまうから詳しくは書かないが、帽子のロゴでそう持っていきますか!
このテの作品集ではタイトルの作品がおさめられているものだが、「マウンドの神様」という作品はない。なんでだろう?
2019年7月5日金曜日
甲子園を目指せ! 単行本進学校野球部の奮闘の軌跡 タイムリー編集部 (著)
進学校というのも野球本の一つのジャンルとしてすっかり確立された感がある。
この本でも市立金沢高校、県立松山東高校、県立仙台第二高校、県立膳所高校、県立東筑高校、県立掛川西高校の6校がご丁寧に偏差値つきで紹介されている。2017年から2018年のチームにスポットをあてその学校の「いま」を中心にしたレポート。
市立金沢高校は石川県でなく、神奈川県横浜市の学校。名門・横浜高校のキャプテンとして荒波(元DeNA)、成瀬(オリックス)らとともに2003年センバツ準優勝した吉田斉が部長をつとめる。「『成功ありき』で考えているんです。ひとつでも失敗すると、そこから崩れていってしまう。」。失敗することになれていない、失敗してはいけないという優等生気質をずばり指摘している。
進学校の宿命、練習時間の短さ。県立松山東高校も7限のときは1時間40分しか練習時間がとれない。そういう中で監督の目ではなく、やらないとすぐ終わってしまうという集中力、自立心が養われる。
東北地方最高の偏差値71を誇る県立仙台第二高校は「文武一道」が校訓の伝統校。仙台一との定期戦は杜の都の早慶戦と言われる学校上げての一大イベント。負けてしまうと応援部が丸刈りなるという熱のいれよう。
優秀な頭脳を駆使してデータ分析に強みを持つ進学校県多い。県立膳所高校は一味違う。普段は書道部などを兼部する野球未経験者が「データ班」としてチームを支える。野球の専門用語を理解することから始め、偵察で丸一日1日3試合球場にいて野球にどっぷりつかることに慣れるのに時間を要するという。
春3回、夏6回の甲子園 過去30年の福岡公立高校で夏の甲子園に出場した唯一の高校、県立東筑高校。「石田伝説」の石田旭昇(法政大)で2017年夏、2018年春と二季連続の甲子園出場を果たしたチームを取り上げている。「2年半を野球だけに没頭させるなんてもったいない」という青野浩彦監督は「日本一短い練習で、日本一強いチームを作ること」。
「うち進学校なんですか?」。県立掛川西高校は「野球が強いから掛西に入るために勉強した」という部員も多い。静岡高校の部長、副部長として4年で5度の甲子園に出場した大石卓哉監督。「投手が投げてから捕手が返球する二塁到達2秒以内 守備からベンチに戻るのは10秒以内 ベンチから守備につくのは35秒以内(投手、捕手が攻撃に絡んだ場合は45秒以内)」といった甲子園タイムを意識して練習する。
もうすぐ地方大会は真っ盛り。進学校の部員たちには2割増しくらいでエールを送りたくなる。
2019年6月23日日曜日
甲子園という病 (新潮新書) 新書 – 2018/8/8 氏原 英明 (著)
現代の「野球害毒論」、ではない。
登板過多、大会スケジュール、選手の早熟化、メディアの弊害、指導者、食トレな「感動バイアス」で曇っている目、濁っている頭にクールで真っ当な正論を提示してくれる。
登板過多、大会スケジュール、選手の早熟化、メディアの弊害、指導者、食トレな「感動バイアス」で曇っている目、濁っている頭にクールで真っ当な正論を提示してくれる。
高校野球の歴史は100年を超えた。その中で、多くの人間が「高校野球はこうでなければいけない」と思い込んでいる。だが、本来の高校野球は「教育」の一過程であり、スポーツである以上、楽しくやるべきなのだ。高校野球が100年で積み上げてきた歴史は素晴らしいものだが、高校球児らしき時代はともに変化していく。高校野球が変わるには、「俺たちの時代は...」なんて思い出の中、思考停止に陥っている場合ではない。観戦者もまた野球関係者、野球をとりまく環境である。変化を認め、見守り、応援していきたいものだ。
2019年5月22日水曜日
「球道恋々」木内昇著
一高野球部OBの宮本銀平を主人公に明治後期から大正初期の野球史をえがいた野球歴史小説。
この時代の野球史に残る大きなトピックが明治44年の「野球害毒論」。アンチ野球の朝日新聞と野球を愛するものたちが論戦を繰り広げた。その急先鋒が、当時冒険小説家としても人気だった押川春浪と「天狗倶楽部」。その春浪のプレーぶりを見たいという動機から「天狗倶楽部」に所属することになった銀平もこの戦いに巻き込まれることに。銀平とその家族など一部を除いて登場人物は押川春浪はもちろんほぼ実在の人物だ。大隈重信、安部磯雄、飛田忠順、春浪の弟、清など早稲田の歴史に残る人たちも登場する。もちろん野球を擁護する側だ。
物語のクライマックスは銀平が讀賣新聞主催の「野球問題演説会」でのスピーチするシーン(大隈候が急用で欠席したので代理というのがひっかかる)。一高野球部で補欠としてプレーすることのかなわなかった銀平が語る野球への熱い思いとは──。
作者の木内昇が「のぼる」ではなく「のぼり」で女性だったことに少しびっくり。高校、大学でソフトボールに打ち込んだ彼女は、試合シーンを細かく描きたい欲求を抑えるのに苦労したという。
この時代の野球史に残る大きなトピックが明治44年の「野球害毒論」。アンチ野球の朝日新聞と野球を愛するものたちが論戦を繰り広げた。その急先鋒が、当時冒険小説家としても人気だった押川春浪と「天狗倶楽部」。その春浪のプレーぶりを見たいという動機から「天狗倶楽部」に所属することになった銀平もこの戦いに巻き込まれることに。銀平とその家族など一部を除いて登場人物は押川春浪はもちろんほぼ実在の人物だ。大隈重信、安部磯雄、飛田忠順、春浪の弟、清など早稲田の歴史に残る人たちも登場する。もちろん野球を擁護する側だ。
物語のクライマックスは銀平が讀賣新聞主催の「野球問題演説会」でのスピーチするシーン(大隈候が急用で欠席したので代理というのがひっかかる)。一高野球部で補欠としてプレーすることのかなわなかった銀平が語る野球への熱い思いとは──。
作者の木内昇が「のぼる」ではなく「のぼり」で女性だったことに少しびっくり。高校、大学でソフトボールに打ち込んだ彼女は、試合シーンを細かく描きたい欲求を抑えるのに苦労したという。
2019年3月21日木曜日
20年目の松坂世代 竹書房 上重 聡 (著)
「水野世代」なんて言ってもイッツグリークツーミーでも「松坂世代」なら分かる人が多いだろう。
1980年4月2日から1981年4月1日までに生まれた野球の子たちには松坂大輔というシンボルがいた。「怪物」と称される野球の実力は同年代の中でも図抜けていた。すれ違うことはおろか視界に入ることもなかったたくさんの野球の子たちが多かった中、ライバルやチームメイトに慣れたものはほんの一握り。そんなレアなものたちを自身もPL学園のエースとして松坂と戦った上重聡がインタビューしていく。
同じプロ野球のステージに立ったものでも松坂に対しての距離感はさまざま。和田毅は松坂にあこがれ、大学でブレークしてこの世代として認知されたことを喜ぶ。高3夏に松坂と初めて対戦した杉内俊哉はライバルをリスペクト一度だけでも勝ちたかったと言う。上重や館山昌平は苦しいときは松坂の素振りや道具をマネて苦境に立ち向かった。新垣渚は衝撃的な出来事から松坂のひとことで救ってもらった。高卒ドラフト1位という共通点のある藤川球児は、高校で直接対決がなかった分、ずけずけと物をいえる。村田修一、小谷野栄一は松坂を見て投手をあきらめ、打者として対決する道を選んだ。東出輝裕、平石洋介は指導者として今でも「打倒 松阪」を目指す。
松坂大輔はこの先も先頭を走り続ける宿命を背負っている。自分のために、同世代のために。30年後の松坂世代、どうなっているだろう。
1980年4月2日から1981年4月1日までに生まれた野球の子たちには松坂大輔というシンボルがいた。「怪物」と称される野球の実力は同年代の中でも図抜けていた。すれ違うことはおろか視界に入ることもなかったたくさんの野球の子たちが多かった中、ライバルやチームメイトに慣れたものはほんの一握り。そんなレアなものたちを自身もPL学園のエースとして松坂と戦った上重聡がインタビューしていく。
同じプロ野球のステージに立ったものでも松坂に対しての距離感はさまざま。和田毅は松坂にあこがれ、大学でブレークしてこの世代として認知されたことを喜ぶ。高3夏に松坂と初めて対戦した杉内俊哉はライバルをリスペクト一度だけでも勝ちたかったと言う。上重や館山昌平は苦しいときは松坂の素振りや道具をマネて苦境に立ち向かった。新垣渚は衝撃的な出来事から松坂のひとことで救ってもらった。高卒ドラフト1位という共通点のある藤川球児は、高校で直接対決がなかった分、ずけずけと物をいえる。村田修一、小谷野栄一は松坂を見て投手をあきらめ、打者として対決する道を選んだ。東出輝裕、平石洋介は指導者として今でも「打倒 松阪」を目指す。
松坂大輔はこの先も先頭を走り続ける宿命を背負っている。自分のために、同世代のために。30年後の松坂世代、どうなっているだろう。
2019年2月15日金曜日
プロ野球を選ばなかった怪物たち 元永知宏 (著)
怪物というスケール感に負けてるんじゃないの? 著者が立教の野球部OBだからって六大学出身に偏り過ぎではないか? という突っ込みはともかく。
山根佑太は、「何かのため」ではなく、あと1年大好きな野球をやり切ろう、と開き直った大学最終学年で大ブレーク。立教の18年ぶりのリーグ優勝、59年ぶり日本一の立役者となった。「プロに行った方がいいと言う人たちがその後の人生を保証してくれるわけではない」はプロという選択を出来る野球選手の多くに共通の思いだろう。
オリンピック3大会に出場し、銀、銅のメダルを獲得した杉浦正則。「オリンピックにはアマチュア選手でないと出られなかったからプロには行かなかった」という"ミスターアマチュア野球"は、オールプロで出場するこの時代ならプロのユニフォームを着ていたはずだ。
大学で「江川ではなく」とドラフト1位として口説かれ、社会人に進んでからは阪神からドラフト2位で指名された鍛冶舍巧。選手が選ぶことの出来ないドラフト制度に不信感があったという。「プロ野球を選ばなかったことで人生が広がりましたね」の言葉は、選手、指導者、解説者、企業人といずれのステージでも高く評価された成功者ゆえの言葉。
プロに行きたい気持ちは5%、社会人野球に行きたい気持ちは0%。1年秋の優勝の周りの喜びように六大学の歴史と伝統に感動した志村 亮。オリンピックに出るとリーグ戦の半分に出られない。慶應の部員であること、六大学リーグ戦を尊重した彼が大学野球で野球のキャリアを終えたのは自然なことに思える。
大学を強くすすめる父親に押し切られ続けた應武篤良。結局は自分がプロに行かないことを選択し、国際試合やプロに選手を送り出すことを自分の役割と割り切った。今はその役割から離れ、母校・崇徳の復活のために汗を流す。
プロに進んだライバルたちの努力を讃え、選手を教え子ということを嫌う謙虚さ。不滅の48勝、小さな大投手、山中正竹は「あのとき、そういう決断をしたことで野球との縁が深まった」と長く、広く、深く野球に関わり続けている。
「自分でこの道を選んだ選手は多くない」。自らもプロに進み、球団を俯瞰する立場にいる遠藤良平の言葉は意外な気がする。
選んだのか、選ばれたのかのボーダーは実は曖昧なのではないだろうか。自分で選択し、この道に進んだことを後悔していないと言える人生は幸せだ。
2018年12月14日金曜日
強豪校の監督術 高校野球・名将の若者育成法 (講談社現代新書) 松井 浩 (著)
今年はパワハラという言葉でスポーツ指導者が注目された。他人に物を教えるということがそれだけセンシブルだということだ。監督の力が八割以上と言われる高校野球ももちろん例外ではない。
カリスマ的存在になりつつある大阪桐蔭の西谷浩一は面談を交えた「徹底的個別指導」でエリートを育成する。さながら東大を目指すエリート予備校のようだ。
強気な采配と裏腹にさまざまな理論に精通したプロフェッサーのような東海大相模の門馬敬治は部員の「気づき」を重視し、恩師原貢の監督の野球を伝承する。
門馬が師弟愛なら原田英彦は母校愛だ。敗戦後、通路で野次るファンに「俺の方が(平安のことを)思ってんじゃ」とつかみかかる熱血漢。熱く、厳しく愛する平安の野球を叩き込み、部員をカッコいい男に成長させていくゴッドファザーだ。
田所孝二は青年海外協力隊でグアテマラ、キューバの野球に触れ、日本野球の息苦しさに気づく。たどりついたのはミスを恐れずカバーする打って勝つ野球。「岐阜第一が一番楽しそうに練習している」と大学の監督に言わしめる。
関西から有力選手を連れてくる、地元の部員にこだわる、県外者と地元の部員のベストミックスをはかる。賛否が問われてひさしい「野球留学」の問題を著者は青森県の監督たちを通して考える。
最後は、かつての”野球王国”高知に飛び、野球人口の減少、子供たちの体力低下など決して明るいとは言えない野球の行く末を展望する。
プロ野球選手の引退後に関するアンケートでやってみたい仕事として、高校野球の指導者は調査後初めて1位から転落し4位になったという。ただ野球の技術だけを教えるわけではない高校野球における人間教育の難しさを感じる選手が増えているのかもしれない。
2018年12月5日水曜日
「ライバル 高校野球 切磋琢磨する名将の戦術と指導論」 谷上 史朗編著
神奈川、大阪、西東京、青森、茨城、群馬、新潟、福岡の8つの地域のライバル校の監督の話をそれぞれのエリアに縁の深いライターが対談形式でまとめた一冊。
慶應の上田誠は、横浜の渡辺元智の野球を追いかけることでチームのレベルを上げていった。直接的にではないもののそこにはある種の師弟関係がある。
「野球王国」で毎年ハイレベルな戦いを繰り返す大阪桐蔭×履正社。史上初の「大阪対決」は記憶に新しい。夏に限って言えば、履正社が大阪桐蔭に8連敗というのはちょっと意外。
戦前からのライバル関係の早稲田実と日大三高。自主性を重んじる早実からは王貞治、荒木大輔、斎藤祐樹、清宮幸太郎などのスターが出現し、チームを高みに導く。対する三高は名物の冬合宿などでエリートたちを徹底的に鍛える。
地元の選手を育てて勝つ前橋育英と県外から積極的に選手を受け入れるグローバルなスカウティングの健大高崎。機動破壊という言葉が象徴する脚を使った健大に対抗するのは前橋育英の攻撃的守備だ。
野球不毛の地といわれた新潟で切磋琢磨し、全国でも勝てるチームを作り上げた日本文理×新潟明訓。明訓の監督、佐藤和也はほとんどの新潟県の野球指導者の連絡先が携帯の電話帳に登録してあるのに日本文理の大井道夫の番号は知らなかったという。
東筑×小倉は学業でも張り合う中。決して恵まれていない環境でも甲子園を目指す姿勢は他地域の公立校のお手本にもなる。
スカウティング、戦術、選手育成から進路指導まで激しくあるいは静かに火花を散らす。ライバル校の存在は、憎くもあり、頼もしくもあり、そしてありがたいものだ。
慶應の上田誠は、横浜の渡辺元智の野球を追いかけることでチームのレベルを上げていった。直接的にではないもののそこにはある種の師弟関係がある。
「野球王国」で毎年ハイレベルな戦いを繰り返す大阪桐蔭×履正社。史上初の「大阪対決」は記憶に新しい。夏に限って言えば、履正社が大阪桐蔭に8連敗というのはちょっと意外。
戦前からのライバル関係の早稲田実と日大三高。自主性を重んじる早実からは王貞治、荒木大輔、斎藤祐樹、清宮幸太郎などのスターが出現し、チームを高みに導く。対する三高は名物の冬合宿などでエリートたちを徹底的に鍛える。
地元の選手を育てて勝つ前橋育英と県外から積極的に選手を受け入れるグローバルなスカウティングの健大高崎。機動破壊という言葉が象徴する脚を使った健大に対抗するのは前橋育英の攻撃的守備だ。
野球不毛の地といわれた新潟で切磋琢磨し、全国でも勝てるチームを作り上げた日本文理×新潟明訓。明訓の監督、佐藤和也はほとんどの新潟県の野球指導者の連絡先が携帯の電話帳に登録してあるのに日本文理の大井道夫の番号は知らなかったという。
東筑×小倉は学業でも張り合う中。決して恵まれていない環境でも甲子園を目指す姿勢は他地域の公立校のお手本にもなる。
スカウティング、戦術、選手育成から進路指導まで激しくあるいは静かに火花を散らす。ライバル校の存在は、憎くもあり、頼もしくもあり、そしてありがたいものだ。
2018年11月21日水曜日
敗れても 敗れても 東大野球部「百年」の奮戦 門田隆将 著
敗れても敗れても、それでも挑戦をやめない一風変わった集団。
著者が興味を持ったきっかけは沖縄で「島守(しまもり)」として今も慕われる島田叡(あきら)。沖縄戦で県民20万人の命を救ったと言われる沖縄県知事は東京大学野球部の俊足巧打の外野手。島田のような人物を生み出した“秘密”を解明するべくこの集団への取材が始まる。
野球の黎明期に最強を誇った東京大学野球部は日本野球の“原点”。しかし、その歴史のほとんどは敗北の歴史。東大最多の17勝を誇り、監督もつとめた岡村 甫(はじめ)は、今シーズン優勝することが目標なのではなく、「やがて優勝出来るチームに向かって進んでいく」ことが東大野球部の目標だと言う。10年に待てばいいピッチャーが一人ぐらいは入る。そのときが優勝のチャンス。そのときに備えてそれだけの攻撃力、守備力を鍛えておくべしと。
史上もっとも優勝に近づいた“赤門旋風”。レギュラー9人のうち6人が社会人野球でもプレーしたタレント揃いのチームは平野裕一の肉体改造もあいまって他校と互角以上に戦えるチームに成長する。エース野口裕美を擁する立教に優勝の夢を打ち砕かれた4連戦。勝敗を分けた守備交代のドラマ。これまであまりクローズアップされたことがなかったのではなかろうか。
著者が興味を持ったきっかけは沖縄で「島守(しまもり)」として今も慕われる島田叡(あきら)。沖縄戦で県民20万人の命を救ったと言われる沖縄県知事は東京大学野球部の俊足巧打の外野手。島田のような人物を生み出した“秘密”を解明するべくこの集団への取材が始まる。
野球の黎明期に最強を誇った東京大学野球部は日本野球の“原点”。しかし、その歴史のほとんどは敗北の歴史。東大最多の17勝を誇り、監督もつとめた岡村 甫(はじめ)は、今シーズン優勝することが目標なのではなく、「やがて優勝出来るチームに向かって進んでいく」ことが東大野球部の目標だと言う。10年に待てばいいピッチャーが一人ぐらいは入る。そのときが優勝のチャンス。そのときに備えてそれだけの攻撃力、守備力を鍛えておくべしと。
史上もっとも優勝に近づいた“赤門旋風”。レギュラー9人のうち6人が社会人野球でもプレーしたタレント揃いのチームは平野裕一の肉体改造もあいまって他校と互角以上に戦えるチームに成長する。エース野口裕美を擁する立教に優勝の夢を打ち砕かれた4連戦。勝敗を分けた守備交代のドラマ。これまであまりクローズアップされたことがなかったのではなかろうか。
4年間の在学中一度も勝てなかった時期もある。80連敗で卒業した代の副将、初馬眞人は「魂がまだ神宮に憑りつかれている」と語る。当たり前のことだがただ負け続けていたわけではない。もがき苦しみ勝利を求め続けたのだ。
連敗を94でストップし、勝ち点奪取。岡村の言うように攻守のバランスのとれたチームに10年に一人、いや東大史上最強とも言われる救世主が現れる。宮台康平。東大の投手が力で他校の選手をねじ伏せるという稀有な体験をさせてくれた150キロ左腕なくして“快挙”はなかったかも知れない。この試合、神宮で観ていて当然、展開も結末も知っているのに関わらずドキドキした。取材対象の心の奥底に踏み込むインタビュー力と地の文にさりげなくちりばめられた情報、ぐいぐい引き込まれる筆力であの日のネット裏に僕はいた。
東大野球部がなぜ必要なのかを考えることは学生野球がなぜ必要なのかを考えることと同義だ。
連敗を94でストップし、勝ち点奪取。岡村の言うように攻守のバランスのとれたチームに10年に一人、いや東大史上最強とも言われる救世主が現れる。宮台康平。東大の投手が力で他校の選手をねじ伏せるという稀有な体験をさせてくれた150キロ左腕なくして“快挙”はなかったかも知れない。この試合、神宮で観ていて当然、展開も結末も知っているのに関わらずドキドキした。取材対象の心の奥底に踏み込むインタビュー力と地の文にさりげなくちりばめられた情報、ぐいぐい引き込まれる筆力であの日のネット裏に僕はいた。
東大野球部がなぜ必要なのかを考えることは学生野球がなぜ必要なのかを考えることと同義だ。
2018年11月2日金曜日
高校球児に伝えたい! 配球学・リード術 野村 克也 (著), 野村 克則 (著) 東邦出版
突っ込みのない親子漫才のような
野村 克也・克則親子が漫才のように交互に配球、リードについて語る。父として野球人として克也氏を尊敬している克則氏は「なんでやねん」的突っ込み、反論はなく、うなづいているだけだが。
テキスト的な部分を克也氏がそれを現役のコーチである克則氏が最近の事例を交えながら補完する。だんだんその役割分担もあいまいにどっちがどっちがわからなくなる。この親子、頭の中身も同じらしい。
12種類のカウントの性質を理解せよ、上下、内外などの「ペア」を使ってバッターを攻めろ、バッターを4種類に分類せよ。わかりやすく理論的に配球、リードのコツが解説されていく。
日本野球における捕手の地位を上げたのは水島新司の『ドカベン』と野村克也だ。感じる力は感謝から育つ。底辺から稀代の名捕手に登りつめた原点がここにある。
野村 克也・克則親子が漫才のように交互に配球、リードについて語る。父として野球人として克也氏を尊敬している克則氏は「なんでやねん」的突っ込み、反論はなく、うなづいているだけだが。
テキスト的な部分を克也氏がそれを現役のコーチである克則氏が最近の事例を交えながら補完する。だんだんその役割分担もあいまいにどっちがどっちがわからなくなる。この親子、頭の中身も同じらしい。
12種類のカウントの性質を理解せよ、上下、内外などの「ペア」を使ってバッターを攻めろ、バッターを4種類に分類せよ。わかりやすく理論的に配球、リードのコツが解説されていく。
日本野球における捕手の地位を上げたのは水島新司の『ドカベン』と野村克也だ。感じる力は感謝から育つ。底辺から稀代の名捕手に登りつめた原点がここにある。
2018年10月6日土曜日
神宮讃歌―東京六大学野球物語 松尾 俊治 (著)
読んでいると松尾さんと神宮のネット裏でお話ししている気分になる。時系列で書かれていれば、お勉強っぽくもなるが、「そう言えばね」って感じで五月雨式にエピソードが語られる。
「第3章 神宮記者60年 語り続けたいこと」はこんな感じ。明治OBの斉藤茂樹について監督、選手時代から脇村春雄元高野連会長の東大野球部時代、早稲田のスラッガー岡田彰布、戦後まもない1945年のリーグの様子、怪物・江川卓、東大2位、甲子園優勝投手の明治の松本吉啓、慶應の“紳士”藤田元司.....。それぞれのエピソードの長さがちょうどよく、テンポよくつながれていく。
ほぼすべてのシーンが自分の網膜にダイレクトに焼き付けたものなので、それぞれの話に血が通っている。あの“最後の早慶戦”も慶應の現役部員として経験しているのだ。
「第4章 武勇伝ものがたり」。“親分”大沢啓二、“燃える男”星野仙一、“ライオン丸”山本英一郎...少しやんちゃなエピソードも愛情こめて語られる。
後のスーパースターや名将と呼ばれる人たちも松尾さんにとっては六大学のかわいい後輩なのだ。
若き後輩たちが歴史を知り、学生球界のリーダーとしての誇りと自覚を持てというメッセージ。
2001年の「神宮へ行こう」の続編としてこの本が出版されたのは2011年。松尾さんは2016年に逝去され、もう続編を読めないのが悲しい。
2018年10月2日火曜日
エースナンバー 雲は湧き、光あふれて (集英社オレンジ文庫) 須賀 しのぶ (著),
野球小説を数多く書いている作者なので読んでみた。表紙イラストを見て嫌な予感がしていたが、やっぱりだった。甘ったるくて、見ているだけで恥ずかしいデコレーションのパフェを食べさせれれているような気分になった。
野球未経験の監督、弱小公立高校、ちょっと斜にかまえた実力部員。どこかで読んだような設定に目新しさはゼロ。キャラクターに魅力も感じず、おっと思わせるレトリックもなし、野球の知識として学べるものもなし。
ライトノベルってこんなもんなんだろうなあ。別に野球じゃなくていいじゃん。この程度の作品に大会歌「栄冠は君に輝く」のフレーズをタイトルにして欲しくない。
野球未経験の監督、弱小公立高校、ちょっと斜にかまえた実力部員。どこかで読んだような設定に目新しさはゼロ。キャラクターに魅力も感じず、おっと思わせるレトリックもなし、野球の知識として学べるものもなし。
ライトノベルってこんなもんなんだろうなあ。別に野球じゃなくていいじゃん。この程度の作品に大会歌「栄冠は君に輝く」のフレーズをタイトルにして欲しくない。
2018年8月9日木曜日
カープのスカウト 宮本洋二郎: マエケンをカープに導いた男 柳本 元晴 (著)
「誠意」と「観察眼」。この2つはスカウトという仕事に必須の2ツールだと思うが、宮本さんはレベルが違うのだ。
練習が始まってからグランドにあらわれ、終わると同時に帰るのが標準的なスカウトだが、準備からミーティングが終わるまで見届けるのだ。それが宮本さんの誠意の表し方。前田健太も「毎日、背広、ネクタイで来てくれてありがたかった」とその姿に心が動かされたという。
僕の母校でもある米子東に宮本少年は1年遅れで転入してきた。対外試合に出場できない1年を経て、高3の春にはセンバツで準優勝。これは今でも鳥取県勢の甲子園での最高成績だ。
早慶両校から誘われ、早稲田に入学。1年からベンチに入る。連藏、藤吉郎と硬軟二人の石井監督のもとでプレー、4年春にはリーグ優勝。
「宮本君、うちに来ないか」と“打撃の神様”に口説かれ、巨人に入団。トレードされた南海では野村克也のもとでID野球のイロハを学ぶ。現役を引退してもコーチ、スコアラー、スカウトと厳しいプロ野球の世界に48年身を置いた。
さまざなな立場に身を置き、いろいろな視点から野球を観ることで養われた観察眼。球場でご一緒させていただいた折に、自分と同じ試合をみているとは思えない“観察”の鋭さ、深さに驚かされたものだ。
現在は日本福祉大学のコーチ兼編成部長。これからも体力の続き限り野球に携わっていただいきたい。先輩、元気でご活躍を。また球場でお会いしましょう!
練習が始まってからグランドにあらわれ、終わると同時に帰るのが標準的なスカウトだが、準備からミーティングが終わるまで見届けるのだ。それが宮本さんの誠意の表し方。前田健太も「毎日、背広、ネクタイで来てくれてありがたかった」とその姿に心が動かされたという。
僕の母校でもある米子東に宮本少年は1年遅れで転入してきた。対外試合に出場できない1年を経て、高3の春にはセンバツで準優勝。これは今でも鳥取県勢の甲子園での最高成績だ。
早慶両校から誘われ、早稲田に入学。1年からベンチに入る。連藏、藤吉郎と硬軟二人の石井監督のもとでプレー、4年春にはリーグ優勝。
「宮本君、うちに来ないか」と“打撃の神様”に口説かれ、巨人に入団。トレードされた南海では野村克也のもとでID野球のイロハを学ぶ。現役を引退してもコーチ、スコアラー、スカウトと厳しいプロ野球の世界に48年身を置いた。
さまざなな立場に身を置き、いろいろな視点から野球を観ることで養われた観察眼。球場でご一緒させていただいた折に、自分と同じ試合をみているとは思えない“観察”の鋭さ、深さに驚かされたものだ。
現在は日本福祉大学のコーチ兼編成部長。これからも体力の続き限り野球に携わっていただいきたい。先輩、元気でご活躍を。また球場でお会いしましょう!
2018年7月8日日曜日
野球エリート 野球選手の人生は13歳で決まる 赤坂 英一 (著)
若年層の競技人口の減少で野球の未来が心配されるなか、野球で人生を切り拓きたいと夢見る少年、そうなって欲しいと願う親はいぜん多い。野球が準国技化しているこの国では、優れた野球選手を見つけ出し、育むシステムが成熟している。才能のあるものの多くはそのレールに乗って野球人生を歩んでいく。
大阪桐蔭の“二刀流”根尾昴。雪深い飛騨に生まれた天才は、小学校2年で兄をおって野球を始め、もうその2年後には近隣のリトルリーグやボーイズリーグの関係者から注目される存在になる。12歳で128キロのストレートを投げる少年を巡って激しい争奪戦。グランドへの送迎を条件に口説いたチームもあったほどだ。KEIOブランドで中学の有望選手の持つ慶應義塾高校の関係者が根尾の元を訪れたのは中学2年の春。全国大会で146キロというプロ顔負けのストレートを投げるとスカウト合戦はさらにヒートアップ。最後は根尾自身の希望で大阪桐蔭に進路を決める。
息子を野球エリートにするために親が熱心なケースも珍しくない。「大学でも二刀流」の鈴木駿輔は、芸能プロダクション社長の父のマネジメントで最高の教育を施された。中学で指導を受けた所属チーム以外の関係者は、元プロ8人、元社会人1人、格闘家1人。野球教育に月に15万円払うこともあった。
順風満帆であるはずの野球エリートにもプロの壁は立ちはだかる。楽天のオコエ 瑠偉は、上半身と下半身がバラバラで左の脇が空くスイング軌道が安定しないフォームのためにプロの投手のボールに出来ていない。傑出した才能ゆえにこれまでの野球人生と修正されてこなかたツケを支払わされているのだ。
今後はますます持つもの、持たざるものの2極化が進んでいく中、野球エリートはどのような存在になっていくのだろうか。
大阪桐蔭の“二刀流”根尾昴。雪深い飛騨に生まれた天才は、小学校2年で兄をおって野球を始め、もうその2年後には近隣のリトルリーグやボーイズリーグの関係者から注目される存在になる。12歳で128キロのストレートを投げる少年を巡って激しい争奪戦。グランドへの送迎を条件に口説いたチームもあったほどだ。KEIOブランドで中学の有望選手の持つ慶應義塾高校の関係者が根尾の元を訪れたのは中学2年の春。全国大会で146キロというプロ顔負けのストレートを投げるとスカウト合戦はさらにヒートアップ。最後は根尾自身の希望で大阪桐蔭に進路を決める。
息子を野球エリートにするために親が熱心なケースも珍しくない。「大学でも二刀流」の鈴木駿輔は、芸能プロダクション社長の父のマネジメントで最高の教育を施された。中学で指導を受けた所属チーム以外の関係者は、元プロ8人、元社会人1人、格闘家1人。野球教育に月に15万円払うこともあった。
順風満帆であるはずの野球エリートにもプロの壁は立ちはだかる。楽天のオコエ 瑠偉は、上半身と下半身がバラバラで左の脇が空くスイング軌道が安定しないフォームのためにプロの投手のボールに出来ていない。傑出した才能ゆえにこれまでの野球人生と修正されてこなかたツケを支払わされているのだ。
今後はますます持つもの、持たざるものの2極化が進んでいく中、野球エリートはどのような存在になっていくのだろうか。
2018年6月26日火曜日
機動破壊の解析力 健大高崎 強豪を撃破する99の攻略法
初出場の2011年夏から初戦にすべて勝利をおさめている健大高崎。
相手校を研究する時間が十分にあれば勝つ可能性を100%に近づける分析力が自慢だ。その分析力を支えるのが葛原美峰スーパーバイザー(SV)だ。
本書では葛原SVが“門外不出”の企業秘密を豊富な実例を交えながら、あますことなく公開してくれている。
何よりも優先されている投手の分析。手の位置、膝の高さ、頭の位置などのわずかな違いから、球種、けん制球の有無を見抜く。構え方、立ち位置、グリップ、スタンスから打者の特徴をつかみ対策を立てる。スローイングに難のある内野手を見つけたら、その選手に守備機会を作るような戦術を練る。
分析し、対策を立てるだけで満足するチームが多い中、健大高崎はそれを遂行できるように何度も繰り返し練習する。それによって分析力が戦術としてしみ込み、勝利の可能性が高まるのだ。
対戦相手だけでなく、自分のチームにも分析力は発揮されるのだ。セイバーメトリクスを駆使して作成した“通知表”で部員たちひとりひとりに自分の強み弱みを理解させる。この“通知表”に
は親との通信欄も設けられている。数字をはっきり見せることで、印象だけで「何でうちの子を使わない」というような親の子をシャットアウトする。“モンスターペアレンツ対策”にもなっているという抜かりのなさ。
技術指導、練習における考え方もユニーク。
理想とはかけ離れた投球フォームもあえて矯正せず、そのフォームに合った変化球をマスターさせ、バッターのタイミングをはずすことを覚えさせる。
投手が走者になった直後のピッチングは失点しやすいが、ブルペンの投球中に突然ダッシュをはさむことで疑似体験させておく。
貴重な企業秘密をこのような形で公開するのは、若い指導者たちへのメッセージであると同時に自分自身に挑戦するためだという。退路を断ち、新たな戦術、戦略を生み出さざるをえないように自分を追い込むのだ。
野球の“求道者”。いや“変態”と呼んだ方が葛原SVは喜ぶだろうな。
野球をただ観戦するだけでなく、観察したくなる。
相手校を研究する時間が十分にあれば勝つ可能性を100%に近づける分析力が自慢だ。その分析力を支えるのが葛原美峰スーパーバイザー(SV)だ。
本書では葛原SVが“門外不出”の企業秘密を豊富な実例を交えながら、あますことなく公開してくれている。
何よりも優先されている投手の分析。手の位置、膝の高さ、頭の位置などのわずかな違いから、球種、けん制球の有無を見抜く。構え方、立ち位置、グリップ、スタンスから打者の特徴をつかみ対策を立てる。スローイングに難のある内野手を見つけたら、その選手に守備機会を作るような戦術を練る。
分析し、対策を立てるだけで満足するチームが多い中、健大高崎はそれを遂行できるように何度も繰り返し練習する。それによって分析力が戦術としてしみ込み、勝利の可能性が高まるのだ。
対戦相手だけでなく、自分のチームにも分析力は発揮されるのだ。セイバーメトリクスを駆使して作成した“通知表”で部員たちひとりひとりに自分の強み弱みを理解させる。この“通知表”に
は親との通信欄も設けられている。数字をはっきり見せることで、印象だけで「何でうちの子を使わない」というような親の子をシャットアウトする。“モンスターペアレンツ対策”にもなっているという抜かりのなさ。
技術指導、練習における考え方もユニーク。
理想とはかけ離れた投球フォームもあえて矯正せず、そのフォームに合った変化球をマスターさせ、バッターのタイミングをはずすことを覚えさせる。
投手が走者になった直後のピッチングは失点しやすいが、ブルペンの投球中に突然ダッシュをはさむことで疑似体験させておく。
貴重な企業秘密をこのような形で公開するのは、若い指導者たちへのメッセージであると同時に自分自身に挑戦するためだという。退路を断ち、新たな戦術、戦略を生み出さざるをえないように自分を追い込むのだ。
野球の“求道者”。いや“変態”と呼んだ方が葛原SVは喜ぶだろうな。
野球をただ観戦するだけでなく、観察したくなる。
2018年5月17日木曜日
オレたちのプロ野球ニュース: 野球報道に革命を起こした者たち (TOKYO NEWS BOOKS) 長谷川 晶一 (著)
総放送回数8846回、伝えたプロ野球公式戦19662試合。
「プロ野球報道」に革命を起こした番組の25年の歴史をインタビューを通してたどっていく。
番組の25年は「佐々木信也時代」の12年と「佐々木信也以後」の13年に分かれる。「スポーツジャーナリズム」から「スポーツエンターテイメント」への転換。
パ・リーグにもスポットライトをあてる「12球団公平」、スポーツ新聞では当たり前だった「球団担当制」などの新機軸が視聴者にうける。放送開始からスポンサーが殺到、あっと言う間に国民的番組になる。
「わがふるさと」、「好プレー珍プレー」などの企画力、FNSグループのネットワークを駆使したローカル色で「二匹目のどじょう」を狙う他局をよせつかけない。放送枠も30分から拡大し、「テレビ大賞受賞」と勢いづく。
絶頂期にキャスター佐々木信也の降板。番組躍進の立役者、象徴的な存在ににプロデューサー、チーフディレクターが降板を伝えるシーンはインタビューから再現したものとは思えぬリアルさで迫る。
「プロ野球報道」に革命を起こした番組の25年の歴史をインタビューを通してたどっていく。
番組の25年は「佐々木信也時代」の12年と「佐々木信也以後」の13年に分かれる。「スポーツジャーナリズム」から「スポーツエンターテイメント」への転換。
パ・リーグにもスポットライトをあてる「12球団公平」、スポーツ新聞では当たり前だった「球団担当制」などの新機軸が視聴者にうける。放送開始からスポンサーが殺到、あっと言う間に国民的番組になる。
「わがふるさと」、「好プレー珍プレー」などの企画力、FNSグループのネットワークを駆使したローカル色で「二匹目のどじょう」を狙う他局をよせつかけない。放送枠も30分から拡大し、「テレビ大賞受賞」と勢いづく。
絶頂期にキャスター佐々木信也の降板。番組躍進の立役者、象徴的な存在ににプロデューサー、チーフディレクターが降板を伝えるシーンはインタビューから再現したものとは思えぬリアルさで迫る。
佐々木信也からキャスターを引き継いだのが、野崎昌一、須田珠理、中山美穂。野崎、中山はフジテレビのアナウンサーだが須田はシロウト。公募したとかオーディションしたわけではなく、たまたまゴルフ練習場ですれ違ったスタッフが抜擢したというのだ。「十二支は言えるが十二球団は言えない」と揶揄された中井美穂。しくじりやトンチンカンなコメントに視聴者からは大ブーイングも。
関西テレビのディレクターであった難波秀哉の「地上波の晩年は学芸会のようなもの」でコアなファンの番組離れを招いたという指摘には多くの「プロ野球ニュース」ファンがうなずくだろう。
「佐々木信也以後」は形はともかく1年長く続いたことも事実。大改革は失敗だったと断罪するのか、時代の流れで致し方なしと考えるのか。
「佐々木信也以後」は形はともかく1年長く続いたことも事実。大改革は失敗だったと断罪するのか、時代の流れで致し方なしと考えるのか。
2018年5月9日水曜日
広岡イズム - “名将"の考え方、育て方、生き方に学ぶ - (ワニブックスPLUS新書)
これまでの著書のエッセンスを集約した一冊。野球の指導者論、組織論、健康法から日本人かくあるべしの理想論にまで及ぶ。
広岡イズムとは、「正しいことを信念を持ってやること」だ。
野球の指導において重視しているのが基本。代表的なものがコロコロとボールを転がし素手でとらせるというやり方。子供だましのようで反発をされることもあったが、辛抱強く繰り返し、多くの名手を育てた。「基本を意識に染み込ませることは、今日勝つ能力と将来勝ち続ける能力の両方を育てること」。
楽しむことだって正しく行わなければならない。正しい楽しみ方とは、相手を喜ばせること、だと説く。だから、オリンピック選手の、独りよがりの楽しかったの言葉には苦言を呈す。「遠足に出かける子どもでもあるまいし、何を一人で楽しんでいるんだ」。家族を喜ばせるためと洗濯や掃除などの家事も楽しんで行う。
太ることは自分を律することが出来ない証。朝はコーンフレーク、豆乳、果物、昼はほとんど食べず、夜は自分で調理した純和風の5、6品の一日二食。いつまでもスリムな体型が保てるわけだ。
指導をうけたある選手が「酒を飲むな。肉を食べるな」と広岡さんに言われたと聞いたことがある。ところが実際は80代で小脳出血で倒れるまでは1合7勺の熱燗の晩酌を楽しまれていたらしい。肉についても全体の2割程度なら食べてもよいと。修行僧やヨガの行者でないのだ。俗っぽい一面に少しほっとさせられる。ところでビールのCMに出ているICHIROは、酒は飲むのだろうか?
一家の長たる父親が夕飯時に人生の真理を語って聞かせることが真の教育。読んでいると次第に広岡さんの前に端坐して説教されているような気分になる。
良薬は口に苦し、良い言葉は耳に痛し。
広岡イズムとは、「正しいことを信念を持ってやること」だ。
野球の指導において重視しているのが基本。代表的なものがコロコロとボールを転がし素手でとらせるというやり方。子供だましのようで反発をされることもあったが、辛抱強く繰り返し、多くの名手を育てた。「基本を意識に染み込ませることは、今日勝つ能力と将来勝ち続ける能力の両方を育てること」。
楽しむことだって正しく行わなければならない。正しい楽しみ方とは、相手を喜ばせること、だと説く。だから、オリンピック選手の、独りよがりの楽しかったの言葉には苦言を呈す。「遠足に出かける子どもでもあるまいし、何を一人で楽しんでいるんだ」。家族を喜ばせるためと洗濯や掃除などの家事も楽しんで行う。
太ることは自分を律することが出来ない証。朝はコーンフレーク、豆乳、果物、昼はほとんど食べず、夜は自分で調理した純和風の5、6品の一日二食。いつまでもスリムな体型が保てるわけだ。
指導をうけたある選手が「酒を飲むな。肉を食べるな」と広岡さんに言われたと聞いたことがある。ところが実際は80代で小脳出血で倒れるまでは1合7勺の熱燗の晩酌を楽しまれていたらしい。肉についても全体の2割程度なら食べてもよいと。修行僧やヨガの行者でないのだ。俗っぽい一面に少しほっとさせられる。ところでビールのCMに出ているICHIROは、酒は飲むのだろうか?
一家の長たる父親が夕飯時に人生の真理を語って聞かせることが真の教育。読んでいると次第に広岡さんの前に端坐して説教されているような気分になる。
良薬は口に苦し、良い言葉は耳に痛し。
2018年4月18日水曜日
イップス 魔病を乗り越えたアスリートたち 澤宮 優 (著)
野球の試合はおろかキャッチボールすらやらなくなって10数年経つ。寂しさはあるし、野球やりたいと衝動にかられることもある。その気持ちに揺さぶりをかけてくるのがイップスだ。
岩本勉は自分がイップスであることを公言することで克服したという。岩本のような明るいキャラだからこそのなせる業。そういう開き直りが出来ればイップスなんかにならないよな。
イップスになりやすい性格、イップス気質とういうものはあると思う。土橋勝征は話すのが苦手なのでヒーローインタビューを拒否したという。さもありなん。土橋は自分が苦しんだ経験から、他の選手のどんな送球も絶対捕ってやる、という気持ちでプレーしたという。イップスは人を優しくもするのだ。
白井一幸は、精神的なことに原因を求めがちだが、技術的な問題もあるという。白井が指導した森本 稀哲の場合は、「肘より高い位置にボールがある時間が長いことで考える時間が長くなり、リズムも悪くなっていた」、と指摘する。動きやリズム、上半身、下半身の連動などの問題を改善すれば治せると断言する。白井のような鋭い観察眼、的確な言葉でアドバイスできる指導者がそうそういるわけではない。
「大脳基底核に障害が起こり、筋肉に意志を伝える中枢神経機能の抑制系が低下して異常」。医学的にはジストニアという障害である可能性が高いそうだ。ちょうどデータを詰め込み過ぎたコンピュータがオーバーフローを起こしたような状態。筋肉の問題ではなく、脳の問題だと言うのだ。どおりで投げれば投げるほどひどくなるはずだ。
技術的な問題、脳の問題と原因らしきものがわかったしてもイップスは必ずしも治るものではない。そもそも治すものではなく、うまく付き合っていくものなのだろう。
岩本勉は自分がイップスであることを公言することで克服したという。岩本のような明るいキャラだからこそのなせる業。そういう開き直りが出来ればイップスなんかにならないよな。
イップスになりやすい性格、イップス気質とういうものはあると思う。土橋勝征は話すのが苦手なのでヒーローインタビューを拒否したという。さもありなん。土橋は自分が苦しんだ経験から、他の選手のどんな送球も絶対捕ってやる、という気持ちでプレーしたという。イップスは人を優しくもするのだ。
白井一幸は、精神的なことに原因を求めがちだが、技術的な問題もあるという。白井が指導した森本 稀哲の場合は、「肘より高い位置にボールがある時間が長いことで考える時間が長くなり、リズムも悪くなっていた」、と指摘する。動きやリズム、上半身、下半身の連動などの問題を改善すれば治せると断言する。白井のような鋭い観察眼、的確な言葉でアドバイスできる指導者がそうそういるわけではない。
「大脳基底核に障害が起こり、筋肉に意志を伝える中枢神経機能の抑制系が低下して異常」。医学的にはジストニアという障害である可能性が高いそうだ。ちょうどデータを詰め込み過ぎたコンピュータがオーバーフローを起こしたような状態。筋肉の問題ではなく、脳の問題だと言うのだ。どおりで投げれば投げるほどひどくなるはずだ。
技術的な問題、脳の問題と原因らしきものがわかったしてもイップスは必ずしも治るものではない。そもそも治すものではなく、うまく付き合っていくものなのだろう。
2018年2月11日日曜日
偵察なんて言わせるな
今はフリーの立場で指導する小倉清一郎元横浜高校野球部長が指導者向けに書いた指南書。
チームのレベルを知るノックでは中継プレーを重視する。外野手の右投げ、左投げによってカットマンはターンの方向を変え、位置を1mでずらすように教え込む。ボール回しの中ではファンブルした打球の処理を盛り込む。一年に1回あるかないかのプレーにも時間を割く。試合で選手たちが「こんなときにどうするか教わってない」という状況をダメだと思うからだ。
「打球の基本はフライ。ゴロは打ってはいけない」には“打撃の神様”のダウンスイングを理想と仰いだ僕たち世代には意外な考え方だ。「フライを大きな打てないと大きな当たりが生まれないから」。低い当たりで打ってつないで点をとるという発想で試合しているんだから野球強豪校に勝てないはずだ。
小倉さんと言えば小倉メモ。ネット裏で何回か拝ませてもらったことがあるが、巨体にミスマッチな細かい文字を高速でノートに綴る。横浜高校に在籍した23年で600校以上の膨大なデータを作った。打者については、打球コース、打てるコース打てないコース。投手については、持ち球、各球種の球威精度、配球を書いていく。この職人技とも言える作業を部員が自分の目で行うのが理想だと小倉さんは言う。。グランドでは戦力になることが難しい部員にこのような活躍の場を与えるのはチームのためにも本人の成長のためにも有意義。どこかの連盟はこの“行い”を固く禁じているがいかがなものか。
偵察って言い方がネガティブでよろしくない。分析とか研究という言い方を浸透させて堂々とやればいい。ただ見ているだけ、ビデオを撮っているだけでは生きたデータは作れないんだから。そこに知恵や工夫が生まれる。
チームのレベルを知るノックでは中継プレーを重視する。外野手の右投げ、左投げによってカットマンはターンの方向を変え、位置を1mでずらすように教え込む。ボール回しの中ではファンブルした打球の処理を盛り込む。一年に1回あるかないかのプレーにも時間を割く。試合で選手たちが「こんなときにどうするか教わってない」という状況をダメだと思うからだ。
「打球の基本はフライ。ゴロは打ってはいけない」には“打撃の神様”のダウンスイングを理想と仰いだ僕たち世代には意外な考え方だ。「フライを大きな打てないと大きな当たりが生まれないから」。低い当たりで打ってつないで点をとるという発想で試合しているんだから野球強豪校に勝てないはずだ。
小倉さんと言えば小倉メモ。ネット裏で何回か拝ませてもらったことがあるが、巨体にミスマッチな細かい文字を高速でノートに綴る。横浜高校に在籍した23年で600校以上の膨大なデータを作った。打者については、打球コース、打てるコース打てないコース。投手については、持ち球、各球種の球威精度、配球を書いていく。この職人技とも言える作業を部員が自分の目で行うのが理想だと小倉さんは言う。。グランドでは戦力になることが難しい部員にこのような活躍の場を与えるのはチームのためにも本人の成長のためにも有意義。どこかの連盟はこの“行い”を固く禁じているがいかがなものか。
偵察って言い方がネガティブでよろしくない。分析とか研究という言い方を浸透させて堂々とやればいい。ただ見ているだけ、ビデオを撮っているだけでは生きたデータは作れないんだから。そこに知恵や工夫が生まれる。
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| 『野球 試合で勝てるチームの作り方 』小倉 清一郎 (著) 池田書店 |
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