前半はセイバーメトリクスと何か、OBP、WARなどのセイバーメトリクスの指標の解説。この部分はこの前読んだ『勝てる野球の統計学――セイバーメトリクス』 鳥越規央(著) 岩波科学ライブラリー のおさらいのような感覚でさらりと読んだ。面白かったのはトラッキングシステムの世界を対談という形をとりながら紹介してくれる後半。対談メンバーはデータスタジアムのアナリスト金沢慧さん、人間の身体運動に関する科学的研究であるバイオメカニクスが専門の神事努・国学院大学教授、野球ライターのキビタキビオさん。
「ストレートはすべてシュートする!?」。
純粋な真っ直ぐ、言わゆるフォーシームのストレートが曲がる、変化することは知っているが、トラッキングデータで見せられると考えていた以上にボールが変化していて驚かされる。神事教授が集めたデータによれば、ストレートが変化しない投手は500人中たったの3人! きれいなストレートを投げる代表のような藤川球児投手のフォーシームでさえ右斜め上にシュートしているのだ。藤川投手よりも腕を下げて投げるタイプの岩隈久志投手になると右方向にかなりシュートしていて上方向への変化が少ない。どちらかと言えばサイドスローの投手に近い。
この変化の度合い、変化量が打たれやすさ、打たれにくさに関係する。上への変化量が多いタイプは空振りやフライが多くなるいわゆる「キレのいいストレート」。同じようなスピードでもこの変化量が少ないタイプは思ったよりもボールが来ないのでゴロが多くなる。ニューヨークヤンキースの抑えとして活躍したマリアーノ・リベラ。リベラの代名詞とも言えたカットボールは上への変化量がストレートよりも大きい。横に滑りながらホップするんだから打てないはずだ。
今は「キレがある、伸びがあるタイプ」「ボールが来ないタイプ」と言った感覚的な表現を使われるが、近い将来にはボールの変化量を基準にした言い方が使われるようになるかも知れない。「縦変化の大きいホップ型」とか「縦変化が少なくボールの回転数の少ない真っ垂れ型」なんて分類法になっているかも。
投球に関するデータはPITCHf/xというシステムで集めるが、FIELDf/xというシステムを使えばもっと広い範囲のデータを集められる。「遊撃手の○○選手は打球が放たれてからxx秒でスタートを切り、時速△△キロまで加速。守っていたポジションから□□メートルの位置でゴロを捕球し、捕ってから☆☆秒でボールをリリースし、時速▽▽キロで送球された球が一塁手のミットに収まった。打球が放たれてから一塁手のミットに収まるまで◎◎秒」といった表現も可能なのだ。これを実況でやるとなるとアナウンサーは大変だ(笑)。
スポーツはアート、芸術的な側面もある。美術館で絵を見て、「この絵は●●と○○をブレンドした絵具を使い、この曲線は□□度のカーブで描かれ....」なんて解説されると興ざめになってしまうだろう。
これまで未知であった数値が提示されることにはわくわくするが、数値が出しゃばりすぎて、選手のプレーが置き去りにならないようにしてほしいものだ。