「野球の試合は、野球を楽しむためであり、野球の面白さをいっそう体感するためだ」。
こんな当たり前のことを著者が書かなければならないほど野球はスポーツの本質とかけ離れた場所にある。
甲子園を頂点としたヒエラルキーによって、楽しむということが重視されるべきアマチュア野球の世界は勝利至上主義が大きな顔をするようになった。勝つためには、ドロボーのような、汚いプレーさえ賞賛されるのは異常だ。野球場は迷惑施設、と言われるなど、社会は野球を必ずしも歓迎していない。野球と言えば大目に見てもらえる時代はすでに終わっている。
勝利は<相対>の世界の出来事、他人との比較や勝負でなく、自分と向き合う<絶対>の姿勢を目指そうと提言する。